呉服町
唐津名産 銘菓 各種サービス 地図 セール 祭り情報 ...etc 呉服町簡単サーチ
Index > Top > 町内紹介 > 唐津くんち
AND OR
からつくんち


からつくんちくんちの歴史呉服町のくんち
行事紹介くんちを支える女性たち笛の練習


からつくんち行事紹介

からつくんち進行表
「別画面で開きます(122kb)」

 「からつくんち」は毎年11月2日(宵曳山)、3日(御旅所御神幸)、4日(町廻り)の3日間行われます。

町民が神様に一年間の商売繁盛、豊作、大漁、無病息災を感謝、共に喜び奉納を楽しむ唐津神社の秋祭りで、からつっ子の五穀豊穣祭です。
 祭りのメインはなんと言っても勇壮華麗、豪華絢爛な曳山14台の神幸で、各町特徴ある曳山と曳山囃子を奏で旧城下町を縫うように練り歩き、走ります。


唐津くんちの行事


2日(宵曳山)

提灯やライトで照らし出された豪華絢爛色とりどりの曳山が、一年ぶりに夜の街中を曳子達によって魂を宿らせ躍動し、曳きまわされ「からつくんち」が始まります。
 明治二十八年(1895年)に、総合的な曳山小屋が設置されてから小屋の前に曳山が集合するようになりました。
それまでは、各町が提灯をつけて各道順を選び、大手門の前、あるいは神社前に集合していました。
昭和四十年(1965年)から、現在の十一月二日の夜に行われるようになりました。
この日の夜七時半に、刀町の曳山が曳き出され東行する間に、各町が曳き順通りに一番近い場所から参加し、市民会館前に勢ぞろいします。


3日(御旅所御神幸)

 唐津くんちの最大の見所として、県内外から大勢の見物客が訪れます。
この日の早朝、唐津神社と特別な関係のある神田地区の青年が、神前にて雄獅子、雌獅子の獅子舞を奉納します。
獅子は木造りの漆塗りで頭にかぶって演じます。
この舞は、口元をカブカブ動かすところからカブカブ獅子とも呼ばれています。この奉納が終わると神田地区に戻り、各戸を廻って獅子舞をします。
 午前9時30分を回ると、神興を中心として前後に曳山が従い、西の浜明神台までの巡幸が始まります。
曳山(ヤマと呼びます)は、一番の刀町・赤獅子から十四番の江川町・七宝丸まで、制作年代順に並びます。
最大の見せ場『曳き込み』も、この日に行われます。
御神興二基に供奉し守護した曳山行列は、唐津神社を出発、旧城下町を走り、唐津大明神発祥の地、西ノ浜御旅所(大成小学校グラウンド)を目指し神幸します。
 さぁ、ここからが「からつくんち」最大の見せ場です。
御旅所では、グラウンドを掘り返して昔の砂浜を再現。そこへ曳山14台は順番に勢揃いすべく曳き込まれます。
曳山は砂浜に車輪をめり込ませ轍の跡を残し、曳子は力を合わせて綱を曳き、狂わんばかりに声を出し喜びの絶頂を迎えます。
 その後、浜弁当と称してテントに幕を張り、各町陣取って神様と曳山の傍で直会(宴会)をし、休息を取り午後の引き出しに備え英気を養います。
曳き出しでは残す力を出し切り、浜を抜け各町へと曳山は帰って行きます。


4日(町廻り)

 曳子達、町民の祭りで、文字通り曳山のある街を縫うように廻ります。
この日は、前日の御神幸とほぼ同じ巡路で、旧城下の東西八キロを回ります。ただし、神興は出ません。
 各町ごとに揃いの鉢巻、江戸腹、パッチ(股引)、腕ヌキに身を固め、いなせな曳子たちが、ヤマに乗り込んだ囃子方の奏でる緩急自在の典雅なリズムに合わせて曳き回る様は感動的です。
 この日が最後とあって曳子達の盛り上がりは徐々に変化します。駅前の大通りに勢ぞろいした曳山の周りでは若衆の「エンヤ、エンヤ」「ヨイサ、ヨイサ」の掛声とともに狂喜乱舞が見られ、祭りは後半の道のりを残すのみとなります。
 曳山が大手口、唐津神社前へと戻ってくる頃には、「からつくんち」の終了と共に来春、唐津を離れる若者は寂しさに咽び泣き、唐津に戻り「くんち」を久しぶりに満喫した若者は嬉しさのあまり感極まり嬉し泣き、曳山を収める曳山展示場の周りでは、曳子それぞれの人生模様を垣間見る事が出来ます。
曳山の曳き納めとあって、曳子は最大の力をふり絞りながら曳き、見物客は力いっぱい声援を飛ばします。
その中を名残惜しまれながら一台、また一台と曳山展示場に格納されます。
巨大な扉が閉められ、曳山を収めた若衆は締めの儀式を執り行い祭りは終わりを告げます。
くんちが終わると、唐津は本格的な冬を迎えます。

唐津市教育委員会分化課資料より一部抜粋

からつくんち進行表
「別画面で開きます(122kb)」


からつくんちくんちの歴史呉服町のくんち行事紹介くんちを支える女性たち笛の練習


Copyright 2003 G.S.P All rights reserved.